生きていると楽しいことばかりではなく、辛いこと、悲しいこともたくさんあります。
そして嫌なことや不運なことがあると、落ち込み、「なんでこんなことが起こるの?」、「なんて私は不運なのだろう」と、人は自分の人生さえも恨むことがあります。
しかし嫌なことは無意味にやってきません。
その時は不幸のどん底だと感じることでも、長い目で見ると何か良いことに繋がっていたりするのです。
それにはこのような考え方がありました。
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嫌なことには必ず意味がある理由とは?!
イメージしてみてください。
あなたが神様になって、天上から地上の世界を見下ろしているとしましょう。
そして、一人の男性が、ある会社で働いているのをたまたま目にしたとしましょう。
彼は、仕事にやりがいを感じられない平凡な社員です。
しかし、神様であるあなたには、彼が別の会社に就職すれば、才能を存分に発揮できて、幸せになれることがわかっています。
さて、あなたは、どうしますか?
きっと、なんとかして今勤めている会社を辞める方向へ、彼を導こうとするはずです。
1日も早いほうがいいと思えば、突然のリストラや、会社の倒産など、少々強引な方法をとるかもしれません。
リストラや倒産に遭った当の彼にとっては、降って湧いたような不運ですが長い目で見れば、最善と思われる道を歩んでいることになるわけです。
つまり、あなたに起こる不運にも、実は意味があるということになります。
この物語のように、神様はいつもあなたを見守っていると考えましょう。
神様は、あなたの人生をよりよい方向に軌道修正してくれようとしているのです。
ですから、失敗、人間関係のもつれ、失業、事故、病気といった辛い出来事に遭遇したからといって、一方的に嘆き悲しみ、運命を呪うことはありません。
そんなことをしては、せっかく見守ってくれている神様がかわいそうです。
「もしかしたら、神様のとりはからいかも」、「この出来事にも、意味がある」と考え、感謝しましょう。
感謝すれば、「人生の軌道修正を図るときなのかもしれない」、「新しいことを始めるべき時期かもしれない」と、次に動くべき方向が見えてきます。
あなたの不幸を願う神様なんて、存在するわけがないのですから。
不運な出来事が起こった時は、神様の存在を思い出してください。
きっといい方向に導いてくれている、と前向きな気持ちになれるでしょう。
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