かつて、「グノーシス派」と呼ばれるキリスト教の一派が存在しました。
その特徴は、イエスが救世主(キリスト)であることを認めつつも、他のキリスト教徒が唯一神としてあがめるヤハウェは否定するという点にあったのです。
その母体となった神秘思想が、「グノーシス主義」でした。
ちょっとややこしいのですが、「グノーシス派」と「グノーシス主義」は、イコールではありません。
グノーシス主義は、キリスト教発祥以前にすでに誕生しており、それがのちにキリスト教と融合し、グノーシス派が生まれたのです。
グノーシスとは、ギリシア語で「知識」を意味します。
その名の通り、グノーシス主義は、知識を、ことのほか重視します。
そもそもこの思想では、物質は不完全で下等なものとされ、精神がその上位に置かれていました。
しかし精神は、肉体という物質の中に閉じ込められているのです。
そんな幽閉状態から精神を解放するツールが、知識なのです。
この価値観を継承したグノーシス派が、ヤハウェを偽の神と呼ぶのも、彼が創造したというこの地上世界が、物質によって形成される不完全な失敗作だからこそ…
真の神がそんなものを創るはずはないと、グノーシス派は説くのです。
同派の神話では、ヤハウェはヤルダバウトと呼ばれ、ソフィア(その名はギリシア語で「知恵」を意味する)なる「アイオーン(女性天使)」の、息子だとされています。
ソフィアは、地上世界のはるか上位に存在する、完全無欠な世界「プレローマ」から下界へ降り、単独で彼を産んだといいます。
やがてヤルダバウトは地上に物質世界を創造し、「造物主(デミウルゴス)」を自称…
ソフィアは彼の増長をたしなめましたが、息子は耳を貸さず、母を虐待し、地上世界の人々を苛烈な掟で支配しました。
その惨状を嘆いたソフィアの求めに応じて、至高神が遣わしたのが、イエスだというのです。
無論、キリスト教主流派はそんな解釈を認めません…
異端として排斥されたグノーシス派は、早い段階で姿を消しました。
しかし、その基盤をなすグノーシス主義は、多くの宗教や神秘思想と結びつき、密かに受け継がれたのです。
ユダヤ教の「カバラ」や、錬金術の母体「ヘルメス思想」も、その影響を強く受けています。
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