キリスト教で聖杯(カリス)といえば、何よりもまずイエスの血をいれた杯のことを指します。
ミサ(聖餐会)などの儀式で使用する杯のこともカリス(Chalice)とも呼びますが、これとははっきり 区別する場合にはホーリー・カリス(Holy Chalice) と呼ぶこともあります。
伝承によれば十字架に磔にされたイエスの脇腹を刺した百人隊長、あるいはアリマタヤのヨセフと共にイエスの遺体を引き取ったニコデモが、イエスの体から流れ出した血(一説には血と水)を受けた杯で、最後の晩餐のときにもイエスが用いたとされるものです。
そんな出自ゆえ、聖杯には人智を超えたパワーが宿っており、それを手にした者は絶大なる権力を手に入れることができると信じられてきました。
ナポレオンやヒトラーといった時の権力者をはじめ、キリスト教の異端宗派・カタリ派(パトラン派)の修道者たちなど、多くの人々が権力やパワーを得ようと聖杯を探し求めたといわれています。
しかし聖書には聖杯に関する記述はほとんどなく、聖杯伝説が聖伝承、すなわち教義の一部とされたことはありません。
聖杯伝説は、もともと西ヨーロッパで古くから語り継がれてきたケルト神話とキリスト教が結びついて生まれたという説が有力で、12~13世紀に成立した中世文学「アーサー王伝説」がそのはじまりとわれています。
物語はアリマタヤのヨセフがイエスの血を受けた聖杯を持ってイギリスへと渡り、グラストンベリーにイギリス初の聖堂を建てます。
その後、行方がわかなくなった聖杯をアーサー王と円卓の騎士団が追い求める…
というものです。
ここに登場する聖杯はカリスではなくグラール(Grail)と呼ばれます。
キリスト教以前の西ヨーロッパにおいて、グラールは王権を表わす聖なる器のことであったのですが、キリスト教的解釈ではグラール カリスであるとされ、聖杯の探求は霊的な行動とされました。
また、物語に登場するグラールは、その横を通過すると音楽が鳴り響き、美味な食事を出現させるなどの不思議な力を備えています。
この力もカリスをはじめとする聖遺物が持つ病気治癒などの奇跡へと収束されたと考えられるのです。
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しかし、「アーサー王伝説」の根底には、ヤハウェを唯一絶対神とするキリスト教において異端とされる、ケルト神話やゲルマン神話、グノーシス主義といった神秘思想が巧みに盛り込まれています。
霊的覚醒のための修行やイニエーション(儀式)などによる精神的成長、聖なる力の獲得など、神秘思想に基づくエピソードが多数ちりばめられているのです。
それに加え、物語に登場する聖剣は男性原理であるリビドー(欲望)を、聖杯は女性原理である子宮をそれぞれ意味し、両方を獲得することで性的完成=覚醒が成就して大いなる権力を生むという見解もあります。
このことから聖杯はキリスト教に起源をもたない聖遺物だという見方もできます。…
ただ、聖杯のパワーの源を哲学的な神秘思想よりも、やはりイエスの血に求めたほうが人々に受け入れられやすかったと考えられます。
現在もイタリアのジェノヴァ大聖堂をはじめ、スペインのバレンシア大聖堂メトロポリタン美術館など、各地に聖杯と思われる(信じられている)ものが存在していますが、真偽は明らかになっていません。
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